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五島市なび
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浦頭教会
教会(福江エリア)

堂崎地区とも一緒になって活動。建物は、ノアの箱船をイメージして作られたと言う。
寛政9(1797)年大村藩から五島への移住が始まり、約3年の間に3000人が移り住みました。その中から奥浦地区に住み付いた潜伏キリシタンは、平蔵、浦頭、大泊、浜泊、堂崎、嵯峨瀬、宮原、観音平、半泊、間伏に住み、表向きは地元の寺の壇徒となり、密かにキリスト教を守っていました。  明治元(1868)年12月、奥浦村では信徒59名が浦頭の信徒宅に囚われ、久賀島に引き続き迫害が本格化していきました。棄教を迫られた信徒たちには叩き責め、火責め、水責め、算木責めなどの責め苦が待っていました。この地区で叩き責めにあう信徒の悲痛な叫び声が約2キロ離れたところまで聞こえたと伝えられています。   その後も入牢者は増え、別の牢に2年余り収容された者もいました。  明治6年禁教の高札撤去に伴い、迫害や追放は止まり投獄されることはなくなりました。  外国人宣教師による司牧のもと、明治12(1879)年、大泊仮小屋(教会)建立に続き、明治13(1880)年には最初の堂崎教会が建設され、これが全五島の司牧の拠点となり信徒達はこの堂崎小教区に属しました。  浦頭の地に初代教会が建立されたのは明治21(1888)年のことです。2代目の教会は鉄川与助の設計、施工により大正10年6月に完成しました。その頃は平蔵教会と呼ばれていました。日曜日のミサに集まる近郊からの信徒達は教会に入りきれず外庭まではみ出す状況でした。そこで昭和25(1950)年5月に大幅な増改築工事が行われた経緯があります。現在の浦頭教会は昭和43(1968)年、集落の高台に場所を移し建設されました。下五島の中心的役割を果たした堂崎小教区の廃止及び大泊教会の閉鎖がなされ、奥浦地区の信徒達は翌年発足した浦頭小教区(当時の信徒数1,170人、戸数170戸)に属し現在に至っています。2代目の教会として役目を終えた建物は、現教会の建設と時を同じくして現教会のそばに移築され、当初の司祭館として使用された時期も含め、信徒会館として11年間使用された経緯があります。  四季折々の装いを見せる里山をバックに白亜のモダンな姿が際立つ浦頭教会は、旧約聖書のノアの箱舟をイメージしたものです。長い禁教時代、幾多の苦難を乗り越えた潜伏キリシタンの子孫たちはその多くが、この地で豊かな信仰を育み、現在司祭、修道者となって全国各地で活躍しています。  近年は浦頭教会を会場に、市内の音楽愛好家や信徒も加えた奥浦混声合唱団による荘厳な聖歌のコンサートなども行われています。

詳細情報
住所 長崎県五島市平蔵町2716
電話番号 0959-73-0072
ミサの時間 <月~金(火を除く)> 6:00、<火> 17:30、<日> 5:30、8:00
駐車場 50台
設備 トイレ有り
ホームページ http://lifeaidgoto.jpn.cx/simanohikari/
交通アクセス
  • 福江空港からの距離:約(所要時間:約
  • 福江港からの距離:約(所要時間:約
目的地マップ
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口コミ
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